いのちのうみ
抗がん剤投与中の3日間は体力がドン!と落ち、その後4、5日かけて復調し、トータルだいたい1週間で、ぱすーん、と力が戻ってくる。
この1週間は毎日、感覚が敏感になってておもしろい。
一日一日変化して、また、どかん!どかん!と戻っていくのが良くわかる。
もちろん物理的な蓄積ダメージはあるのだけど。
薬を投与したら、もっと鈍感になるのかと思っていたけど、劇薬でいのち的にもギリのところに追い込まれるからか、いまの自分に必要ないもの、必要なものにむき出しに貪欲になる。
ギリギリに追い込まれてるから、心もむき出し。
起きるなにげないことに、自分の内側がすごく反応する。
時にはめちゃくちゃ反応しすぎて疲れる。
その疲れが、逆に気づきを引き出す。
ひたすらその濃厚ループ。
たぶん、このエネルギーでつくられる圧縮が私には必要だったのだ。
だからあんなに内側が抗がん剤をやれ、と言ってきていたのか。
これが鍵のひとつだったんだなぁ。笑
薬や物質としての抗がん剤がどうのこうのは、もはや全く関係がない。
そんなものは世間の彼方の泡だ。
善悪遊びの泡の戯れだ。
まあとにかく、いろいろとむき出しな期間だ。
今日、普通食に戻れるかんじになったので、久しぶりにしっかりと朝ごはん作ってたら、どーん、って大きな気づき。
ああ、私、自分の陽を恥じてたんだ。
陽=ソースエネルギー。根源の流れ。
まさか、自分の根源エネルギーを恥じていたとは。。。。
陰にあこがれ、陰に嫉妬し、陰であろうとした陽。
源流は同じものなのに。
片方を恥じてどうするよ。。。オイ。。
枯渇せずすべてをひたす陰の静けさ、
絶大な陽が運ぶきらめき、
それが同時に織りなされる二極のゼロポイント。
全部陰じゃなんも現れねーべ?
そこからまた一気にふくらんだ。
そしてさらに次の扉があらわれる。
大きななにか、つきものが落っこちた気分。
またもや、泣きながらむしゃむしゃ卵かけご飯とししゃもを食べる。
旦那は、そんな私をニコニコ見ながら一緒に朝ごはんを食べている。笑
陰陽ゼロポイントエネルギー、
空間マトリックスフィールドから、この世界の創造が起こってくる、エネルギーが結ばれる焦点。
そこから繰り出されてくる投げかけは、「この人生でのわたし、別の人生でのわたし、別の人が生きてる人生、それら含めすべての存在の過去、未来、と、今、すべての時間、経験の全て」の海から、「今、ここに結ばれた焦点」=「肉体を持つわたし」に必要なものが繰り出されてくる。
母なる海は網目が広大すぎて、立体すぎて、途方もなく。
その光を集めて結んだ焦点の座標としてあらわれている「今」、
それがわたし。
それが人間。
それが世界。
「もともとの世界に心を開くんだ。」
「必要なところに代謝がおきてなくて、いらんところに代謝がおきてる。」
「人の傷に敏感すぎるよ。元の強さを自覚して境界線をつくるんだよ。」
「いつまで役割を背負うことに逃げ込み続ける? 見ないといけないものを見ないようにしてるでしょ。そうやって時間軸に自分を縛って安心してんだよ。時間と空間に縛ってるんだよ。時間と空間を超えろ。パーソナリティーにエネルギーを閉じ込めて安心しようとしてることに気づきなよ。」
「それは他人の問題。背負っていたらラクだよね。見ないといけないものを見ないですむから。」
「母のメンタルトラウマを、私を通じてまるごとヒーリングする。私も同じ網目を共有してるから。これでようやく私個人の網目に潜入。」
「(旦那の母方先祖)肺への恐怖をわかってくれてありがとう。(はい、どうも~)」
「自分の使命、正しい選択を遂行することで大切な人を犠牲にしたから、私を縛る」
「戦争の記憶。犠牲。」
「私は生まれた時に母を傷つけた。私は相手を傷つける」
「正しいことをしようと思いすぎる。完全にしようとしすぎる。予測して行動しようとしすぎる。自分の中の規定を守ろうとしすぎる。それさ、だからもういいんだってば。やめちゃっていいんだってば。」
「あなたは何に期待していたの?
期待感いっぱいで今までエネルギーと労力かけたけど、エントリーしてたと思ってたものは、そもそもエントリーできてなかったよ。
てか、もともとチケット持ってないんだって。
そういうものに期待してエネルギーと時間をかけてたってことだよ。
だから、どれだけ期待しても、何も期待してなくても、期待してた結果は最初からもともと存在してないんだってば。あははは。」
膨大なデータ、行き交う情報の海。
わたしは今、わかりやすく病気というレッテルが身体にあるから、そこをベースに見ていきやすい。
治療法はもはや関係なくて、どう治るかも関係なくて、そもそも治すことはゴールでもなくて。
身体が治ってても治ってなくても、この「今」に焦点を結んで現れているものとして、全身全霊で生きて、自分の担当できる網目を好き勝手アップデートする。
それの単なるおまけが治癒なんだなあ、という気分。
病気があることはほんとうにほんとうにほんとうに、ゴマ粒のように一部でしかない。
もはやそれは問題じゃないのかもしれない。
全部単なるツールだ。
ああ、もう笑うしかない。笑
だめだー、今のわたしの文章ではこれが限界だ。笑
まるで酔っ払いのうわごとだ。笑
母と娘
エネルギーの世界では、相手を治そうとしてはいけない。
(いや、そもそもこの世はぜんぶエネルギーでできてる世界だから、広い意味では全てに対してそうだ)
施術者にできるのは、相手のいのちの動きを信頼して、相手がその意識をホールドできる場をつくるサポート。
クライアントさんに対してはそれができていた。(と思っている)
でも結果として、母親に対してはそこができなかった。
医師でもセラピストでも身内にやっちゃいけない、っていうけど、それはやっぱり身内への感情が普通のクライアントさんに対してと変わっちゃうから。
過去の記事でも書いてるけど、私の母は病気のデパートみたいな人だけど、それでも、エネルギーセラピーの介入だけは本人がトライしたいって言うまではやらなかった。
本人がやってみたい、って言った時に、初めて手を染めた。
絶対誰か別の人を紹介した方がいい、私がやってはいけないと思いながら、
いや、私がやらずに誰がやる、という思い、
それは結局、私の
「お母さんに感謝されたい」、
もっというと、
「お母さんに愛されたい」
って、幼いころの私の声だったんだなって思う。
本当に母のための選択をするなら、他のセラピストを紹介すればよかったこと。遠隔でできるんだから。
私は母のためではなく、自分のためにやってしまった。
私が私を愛することができなかったゆえに。
順番が逆か。
いつでも愛されているのに、
小さいころ、ふと感じたお母さんとの分離感。
表面じゃ全然気づかぬうちに染み込んだ思い。
幼いわたしが勝手にそう解釈しちゃって、深くに沈ませた思い。
その思いが、なんとか『私が』母親を助けないと、と思わせた。
『私が』母を変えねば、と思わせた。
私が愛をほしいがために、
外から自分を埋めたいがために、
相手に変わることを求めて、
相手が変わることを期待して、
私の望むような在り方で相手にいてほしくて、
変わることを押し付けてたんだなあ。
それは、相手の領域なのにね。
結果的に、私は自分の意思で一線を踏み越えて、見事に身体からのしっぺ返しを喰らったわけです。(これだけが私の病気の理由ではないです、ほんの一部。念のため。)
でも、おかげでたくさんのことに気づけたし、だいじな時間も持てた。
2人で禁断のセッションをやる間、母の感じていたいろんな思いを聞けたし、私もいろんな話をして、たくさんたくさん2人で泣いて、分かちあった。
やってはいけないことではあったけど、母の生きる力にも、何かしら変化にはなったみたい。
ある日、寝る前におもむろに、お母さん大好き❣️って言いたくなって、
おかあさーーーん、
おかあさあ〜ん、
だいすき〜
おかあさんだいすき〜〜〜
と心に広がったスペースの中で、気が済むまで赤ちゃんのように叫び倒して、ポロポロ涙こぼしながら、その子に寄り添って、むにゃむにゃといつのまにか眠った。
そうして私は12月、1年間続けた母のサポートをやめ、自分に専念することにした。
こんどは私のいのちの動きを信頼して、私自身のためにホールドできるスペースに在り続けること。遠回りでもいいから、少しずつ。
まあ、自分をいたわれよ、ってことです。
結局いつも同じことばっか書いてる気もするけど、まあいいや。
母からの卒業式だったのかもな。
私への病気からのプレゼント。
ひとりひとりの女性として、コントロールなく尊重して生きていくための。
あ、母は病と付き合いながらも、今も元気に暮らしています。
あの精神力の強さ、尊敬する。
たぶん、みんな病気にならないようにいろんなことして、予防したりケアしたりとか。
でも病気ってギフトもいっぱいある。
むしろ、誤解を恐れないで言うと、普通に暮らしてて気づきが起きないなら、どんどん病気になって、そのパワフルさを利用しちゃえばいい。
っていうか、それを身体が起こしてくるから、利用せざるを得ない。笑
病気になったからって、別に「私が至らなかったんだ」なんて思う必要もないし、病気にならないことが、優れてることでもない。
ただ、それが起きてきてるのなら、自分の生命の進みかたにとって、それが必要な状態になってるってことだ。
なってみたらなってみたで、また新しい世界が広がる。いつでもここから進む。
もちろん、しんどい道をわざわざ通らないで、病気っていうツールを使う前にもっといろいろ気づけて修正できて、身体も心も環境もすこやかになっていけたら、ラクっちゃ楽だね。笑笑
もともとのところに還す。体当たりこぼれ話
昨日のブログ、入院前に、あの固まりを言語化してみたかったので、とりあえずすべり込みセーフ😄
とてもスッキリしたけど、まだまだ言い訳がましくて、かっこつけてるんだよなあ。
もっともっと素直にさらっと内側の核心を突きたい。
もっと突き詰めたい。
「それ」を表現したい。
今のところ、これが限界だから、全然いいんだけどね。
ああ、なんだかまた絵を描きたいな。
ただうんこを汚くまき散らしてるだけだと私もつまんないし、俯瞰でみる視点を持ちながら、肉体と意識にまみれながら、ごくごく飲みたいほどのうんこをストレートに出せたらいいな。
そういえば、昨日FBのコメントで友達と、セッショニスト的なエゴのやりとりしてて、そうだ、決断する上でのいちばんの恐れ、書き忘れてた。
普段、自分自身のメンテナンスが自分の手に負えない時、ここぞという時に頼りにしている3人の療法家さんがいる。
皆、私が心から信頼している施術家、ヒーラー、師匠たちであり、それぞれが薬を使わずに、自分の病を克服してきた人たちだ。
3人とも口をそろえていうのは、
「抗がん剤はいらないよ」
どうにか私も、その確信を肚で得た決断を下してみたかった。
でも、「頭では」それが正しい、人間の本当の底力はとてつもない、と「知って」いるけれど、私には、まだ自分自身への不安が残ってて、どうやらハラが怖がってGOサインを出していない。
今「わたしは抗がん剤はいらない」って決断をしたら、それは不安に蓋をして、嘘をつくことになる。
セッショニスト的なエゴとしては、自分も素晴らしいセラピストだと感じたい。
「わたしだってわかっているんだぞ、きっとできるんだぞ」と、職業的自己価値が崩れないよう、カッコつけたい。
昨日書いた、
『自分の感覚や決断を信頼できない時、外の世界から「これが正解」と言ってくる声にすがりたくなる。
なぜなら奥で無意識が「私には力がない」と信じているから。
不安から「自分よりもすばらしいなあ」と感じたものを、あたかも自分のものとして取り込んじゃう。』
これをやってしまいそうだった。
わたし自身が内側から、
「あ、薬必要ないわ」って、ほんとうにはちゃんと感じていないのに、蓋をしている恐れの方を見ずに、セッショニストエゴ的な偽りで、自分自身をだましてしまいそうだった。
まず寄り添ってあげないとなのは、「私には力がない」と信じてしまっている無意識、奥の思いの悲しみと絶望。
「力がない」と思ってたくさん武装してしまった偽りの価値。
この悲しみが癒されない限り、ほんとうの意味で治癒の力が出せない。たぶん。
というわけで、今の私に等身大でやれることは、
腫瘍への不安を持ちながら、薬や、気に入った代替療法でスピードを遅らせて時間稼ぎをしつつ、奥の思いの悲しみと絶望に向き合い続けることだ、
との決断になりました。
この、奥に封じ込めた悲しみと絶望たち、
12月からここ目指してずっとやってて、本丸の扉が出てくるまでなかなか時間がかかった。
最初の扉は、家系カルマの鍵がかかっていたから、まず父方の家系エネルギーを癒さないといけなかった。
私の恐れとひいおじいちゃんの恐れがガッチリ共鳴しちゃって、頑丈な鍵がかかってた。
この領域はNESがカバーする6次元の範囲を超えてる。NESだけで私のガンがどうにもならなかったわけだよ。
ここはtimewaverが得意とするところ。
なんかRPGっぽいな~
プレイ最初の城の地下にろうやの扉があるんだけど、最初に手にいれるぎんのかぎじゃ扉があかなくて、他の大陸に旅して、ようやく絶海の孤島でろうやのかぎを手にして、最初の城に戻り、その扉の先のやつに対面する、みたいな。
たくさんの扉をあけて、そろそろ大きなものが出てこれそう、かな、、、?
どうかなー。
たぶんねえ、この深い悲しみと絶望が溶けて、元々のエネルギーに戻ったら、また何かが変化する気がするのだよね。
まだまだ変化しないかもしれないしね。
先のことはさっぱりわかんないね~笑
まあ、その時々に起こってくること、湧いてくることで、また次の決断をしていくんだろう。
今回のことを味わって感じたのは、
迷いがある時は頭で決めない
迷いがある時は何らか腑に落ちていない思いがいる証拠、その腑に落ちてない部分がだいじ。
だから迷っている今をそのまま受け入れる
空白の時間、スペースをつくる。
並行して迷いのポイントを整理する
そうすると顕在意識も無意識もエネルギーも、そこへ向かうので、思いがけないタイミングで必要な情報に必ず気づける。
気づけるためにアンテナは立てておく。
今在るプロセスを完全に自己信頼する
必ず決断できる時が来る
そうやって得た決断はとても力強い感覚を伴う。心起きなくGOできる
そしたら心身が同じ方向に向くので、その後の展開が、歯車が噛み合うようにめちゃくちゃスムーズ
って感じでした。
ガン細胞っていっても、私の身体の一部なわけで、私の毒素を引き受けて自分をガン化させることによって、本質の道を外れていることを私に気づかせるお知らせ役を買って出てくれた細胞。
抗がん剤点滴のときは、リラックスして、「今までありがとう」という感謝とともに、キラキラときれいな水が、白くぽにょぽにょしたガン細胞を洗って、お役目を果たしてくれた細胞をふわ~っと連れていってくれて、もともとのエネルギーに戻してくれるイメージをしてる。
きっと、元に戻って帰ってこいよ。
その場所を用意して、待ってるからね〜。
ぶるぶる震えながら、照らしていく
気づいたらあっという間に4月も半ばが過ぎた。
コロリーナがもたらした、新しい時代のチャレンジ、
(お友達がコロリーナって呼んでたのがかわいくって、私もそう呼ぼっと♡)
こりゃまさしく世界の脱皮だなぁ~と感じています。
芋虫から蝶になる時、
芋虫は、一度さなぎの中に自らを閉じ込めて、じっと横たえてる。
そうして一度身体をドロドロに溶かす。
静かに、かつ、とてつもないエネルギーで、すべての構造を組み替える。
そうやってさなぎを脱ぎ捨てて、蝶になって飛び出していった時、
もう芋虫には戻りたくても戻れない。
蝶から芋虫には二度と戻れない。
もうシステムも構造も全部違う。
自分を溶かすのは、とても大変そうな作業だ。
でも、蝶になってみた芋虫は、たぶんもう芋虫に戻りたいと思わないんだろう。
芋虫では味わえなかった空へ羽ばたく喜びに、もう全身で目覚めちゃってる。
もしかして、今は、地球にとってさなぎ化が始まっているのかもしれない。
私自身も、病を使った自分の変化をじっくり味わうことを通じて、
その中でたくさんの迷いと戸惑いと決断を繰り返すことを通じて、
地上の細胞のひとつとして、この脱皮に参加してるんだと感じてる。
地球っていう生命体の孵化、自然の摂理に、日々ただ参加してる気がしてる。
今年わたしは42歳になるのだけど、
人生の半分近くにさしかかったところでガンとコロリーナが来て、
一回立ち止まって、それまでの前半の生き方を振り返ってみて、
ここから始まる後半を新しく脱皮して生きていく。
同じように脱皮していく世界を、
beforeの世界も、ガラッと変わったafterの世界も、
どっちも同じくらい体験できる人生をここから積み重ねていけるなんて!!
二極を味わうことが好きな私は、正直に告白すると、実は日々ぶるぶるうれしさがこみ上げている。
これ、絶対に味わいたかったことだ。
それわかってて逆算して、70年代後半に生まれる時期を選んだのだろうなあ。
毎瞬新しく湧きあがる無数の色合い。
たくさんの愛情に支えられて、こうして深い幸福感と一緒に、いまを生きてる。
日々、内側から湧く感覚を味わう。
これが、肉体とともに生きる喜びなんだ。
We are full of JOY.
と、まあ、ここまで書いて、
まさに同じように脱皮と芋虫と蝶について書いている人のブログをたまたま読んで、
「うおー!全く同じように感じている人がいる!!!!」
と喜ぶと同時に、
「全く同じようなこと書いて出したら、なんかパクリみたいで(違うけど)恥ずかしいな、、、」
ってな自意識過剰精神が一瞬よぎった私のかわいい自我ちゃんよw
この時期、同じことを感じてる人がゴマンといるね、きっと!
さて、2、3月の覚え書き。
精神的に結構しんどい時期だった。
そこを抜けたからこそ、最初に書いたような喜びの感覚が、ブワっと湧いてくるようになったかも。
単に2ヶ月前くらいのことなのに、すごく遠いことに感じる。
それだけ、2020年は何もかもが濃密なんだね。
* * *
実は術後、1~3月にかけて、転移のガン進行がどんどん早くなっていき、
2019/11月の発覚時から4か月で、肝腫瘍マーカーCEAが16から400へと一気に25倍に膨れ上がり(正常は5以下)、
最初1ヶ所しか見えていなかった肝転移が、あっという間に草間彌生さんの水玉の絵のように、肝臓中に10数個発覚し、
また肝臓付近のリンパ節転移もいくつかあることがわかり、3月には多発肝転移の診断に変わってしまった。
不幸中の幸いとしては、
一番懸念されていた中央の大動脈リンパ節には転移していないので、
肺、骨などの全身転移は起きておらず、肝臓までにとどまっていてくれた。
それまで先生は、私の希望で抗がん剤を遅らせることを承諾して待ってくれていたのだけど、多発肝転移の診断に変わったことで、3剤mixの強い抗がん剤を、さらにMAXレベルで使うことを提案された。
さすがにこの時は気持ちがブレた…。
大量の強い薬剤を身体に入れることにまだ怖い気持ちがあった。
あわよくば、薬を使わないで済むならそうしたい、
だから11月以降、ピンときたものをいろいろ試していた。
その結果が、転移腫瘍の大増殖だ。。。
マジかよ。。。
ガン告知の時は、5年前のホロスコープメッセージのおかげで希望を持ってスタートできたけど、次の決断が迫ってきて、一気に不安と恐れが湧いてきた。
生き抜けることへの信頼はまだ変わらない。
ただ、もし行き止まりの道を選択しちゃったら、元の道にちゃんと戻ってこれるのか?、っていう不安。
命の行き先が、自分の決断に左右されるかもしれない恐怖。
腫瘍でいっぱいの肝臓を前に、
向かいたい先がわからなくなって、霧の中に入ったようだった。
いっそ、現代医療でやれることがありません、と言われた方が心おきなく腹をくくって、進みたい方向を選べるかも、と思ったり、
「誰か強いことを言う人のことばに寄りかかれたらどんなに楽だろう…」と思ったり。
私がtimewaverで取り組んでいるスピードより、もっと腫瘍の増殖スピードが上回っていったらどうしよう…?
まだ肝臓は持ちこたえてくれてるけど、もし決壊したら…?
頭の中に、「今」の現実とは関係のない不安、まだ起きていない「未来への考え」がぐるぐる渦巻く。
その「脳内イメージ」が怖かった。
初めてリアルに味わう「死」へのイメージ。
怖い 怖い 怖い 怖い
こわいよう。
肝臓自身に、腫瘍の増えた理由をtimewaverでたずねてみると、
「大腸の手術で『次はこっちに来る!』と恐怖を感じて防御したくなった。けど、だんだん落ち着いてきたよ」という答えが返ってきた。
実際、timewaverで取り組んでいたことの結果が、3ヶ月経って少しずつモニター上では見え始めていた。
もしかして本当に、timewaverとNESの調整と、それがもたらす気づきで治っていくかもしれない。
代替療法に長年携わってきた者としても、できるならば抗がん剤無しの消失にチャレンジしてみたい、、、
そもそもわたしが今までNESセラピストとして伝えてきたのも、
「薬が身体を治すのではなく、気づきによって自己治癒力の扉が開く」ことであって、抗がん剤を使うのは、正直、敗北感のような悔しさもあった。
だから、むしろこのまま取り組むべきだ、という職業エゴ的欲望とプライドの声が耳元でささやく。
でも、予想以上の腫瘍のスピードの早さと、圧倒的な水玉画像を前に、正直疲れも感じていた。
一旦ここで抗がん剤を使って休みたい、という気持ちが湧いてきていた。
逆に、もし薬を使うとしたら、いろんなタイミングから「今しかない」と感じていた。
とはいえ、抗がん剤かぁ。。。
各種重金属やら、中身の化学成分名もヘビーなら、副作用の経験談もなかなかヘビーだ。
実際、私の母親が去年使った時は白血球が0になり、一度死の淵を覗きこんだ。
ガンはポピュラーな病気だからこそ、患者、医師、各種療法家、それぞれその人たちの信念がある。
実際、ガンになってみるとたくさんの情報が集まるし、たくさんの人が自分の信じていることを伝えてくれる。
ガン関係の本も無数にある。
そして、正反対の意見も山ほどある。
「標準治療がまず大事だ」
「ガンは標準治療では治らない」
「しっかり栄養を取ろう」
「ガンは断食で治る」
…etc
どの意見や見解もだいじだと思うし、
どの意見も、一側面を表していると思う。
でも、一側面でしかない、って思ってる。
実際、たくさんの治癒の話を私も目の当たりにしているし、
私自身、ガン自体はステージに関わらず、不治の病だとは思ってない。
病気は、自分を元に戻すためのお知らせで、自分の生命力が治していくものだと思ってるから、存在の全てをホリスティックにみていく視点じゃないと、この病との向き合いは不可能だし。
自分のかけているメガネ、世界を解釈するフィルターが、ものごとへの感じ方を決めている。
だからこそ、薬剤を、それを使う医師を、現代医療を批判し敵視するのも、結局、「闘病」ということばが発する「相手を憎み、殲滅する戦い」の雰囲気と結局は変わらない気がして、何かがどうもしっくりこない。
、、、ああ、もう! 結局、外の情報は外の知識、頭の理解でしかないだろ?
それを自分に使ったとき、私はいったいどんな体験、感覚、気づきを味わうのか?
本当に毒でしかないのか、、、?
でも、数ある抗がん剤の中でも、MAXレベルに強い薬剤を使うことへの不安も消えない。
やっぱり怖い。
自分がどうしたいのか、なかなか決断が下せなかった。
いろんな相反する思いと、初めてリアルに味わう死の恐怖が摩擦になって、
どっちにも足が出せず、立ちすくみながら、湧いてくる恐れにひたすら向き合っていた。
そんな時に目にした記事がこれだった。↓
https://ameblo.jp/lifeisstrong/entry-12576912591.html
これを読んだ時、少しずつ内側にかすかに感じられていた不確かな感覚が、
一気に大声で喜び湧き始めた気がして、霧が晴れてきた。
ああ、薬も忌み嫌う相手じゃないんだ。
だいじなのは、やっぱりどう在るのか、だ!
そして、もうひとつ。
私はつい「病気を治そうとしていた」ことに気づいた。
無意識に「自分を治してくれるもの」を外側に求める罠に落ちていた。
病気が発覚して以降、ピンときたものはいろいろ試してみた。
ありがたいことに、「これ、ガンに良いらしいよ」と周りの人もいろいろ伝えてくれたので、試せるものはたくさんあったし、新しいチャレンジが楽しかったので、素直にやり方に従っていろいろトライした。
でも、中には、続けるにはちょっとめんどくさいなあ、とか、おいしくないなあ、なんて感じながらも、「いやいや、とりあえず続けてみたら何か変化が起こるかもしれないし!」という気持ちで続けていたのもあった。
それって、自分の感覚よりも、「私を治してくれるであろう、外で良しとされている権威」に無意識に従っていたんだよね。
「あの人がコレがいいと言ったから、、、〇〇さんはこれで治ったらしい、、、」と、なんとなく不安を打ち消すために、何かを決めてしまったら、自分で自分をないがしろにしてることになっちゃうし、結局、その療法の本質的な良さは引き出せないまま、可もなく不可もなく、
「アレも、コレも、なんだか効かない、、、」
と、永遠に自分に合うものを探して、同じところをぐるぐるするだけなんだろうという気がした。
そして、たとえうまく治ったとしても、これから先も、自分の力を外に渡したまま、無意識の底に無力感を秘めたまま生きていくんだろう。
ああ、私はそうやって生きてきてたんだ!!
長いあいだ、感情解放や内観も経てきたし、「私は大丈夫」ときれいな部分をどんどんふくらませて、本当は一番救い出したかった奥底にあった深い無力感には触れないですむように、注意深く地下深くしまいこんで、生きてきた。
ガンは、そのやり方からもう私を解放してほしい、と伝えてきた。
自分の感覚や決断を信頼できない時、外の世界から「これが正解」と言ってくる声にすがりたくなる。
なぜなら奥で無意識が「私には力がない」と信じているから。
不安から「自分よりもすばらしいなあ」と感じたものを、自分のものとして取り込んじゃう。
周りの価値観に自分を合わせてしまう。
でもそれは、私のいのちから湧き出した声じゃない。
他の人が信じていることは、あくまでその人の中の真実。
その人にとってのハートの瞬きで、
その人にとっては、だいじな唯一無二の真実ってだけ。
結局なんだっていいんだ!!!
自分がこれだ、というハートの閃きとともに確信を持ったことであれば。
極端な話、薬だってハーブだって、何療法だって、水だって、信仰だって、なんだっていいんだ、きっと。
そういう意味ではガンに特効薬はあるんだろう。
ただしそれは、その人の人生が織りなして積み重ねてきたものの上に乗っかるから、他の人とは同じにはならない。
それぞれが自分の内側から得る特効薬なんだ。
誰一人同じ人生を歩んでいる人はいない。
親も家族も生きてきた環境も違えば、同じ場所で同じ時間を過ごしていても、人それぞれ感じているものも違う。
この、それぞれ唯一無二の人間の素晴らしさ、
だから、ガンの発生も理由も、治癒のプロセスも、誰一人同じものがない!!
たとえ同じ病名であっても。
だからそういう意味で、万人に効く特効薬はないけど、その人にしか効き得ない特効薬はあると思う。
そして、それは誰も教えてくれない!!
自分でそれと感じることでしかわからない。
いつのまにか、「薬は毒で、自然はいいもの」という二元のイメージに囚われていたのだなぁ。
どれも単にこの地球上に現れて循環してるエネルギーでしかない。
とりあえず、だ、
周りの声はこれからも聞こう。
その全てを平等に置いておこう。
不安なら、不安の声に蓋をしないで味わおう。
私だって、不安や恐怖を味わってばっかなのはしんどい。
でも、不安から焦って何かを選ぶことをしないでおこう。
命がかかっている病気、命のリミットが見え隠れしてる状態だとなおのこと、早く答えにたどり着きたくて、手っ取り早く外に答えを求めてさまよって、ほんとは聞いた方がいい自分の声に蓋をしてしまいがちだ…。
だけど、今感じていることを、偽らずそのまま感じることを許そう。
「自分の選択が間違えてるかも、って感じるのが怖い。もしかしたらその選択のせいで、間違えたルートに入っちゃって取り返しのつかないことになってたらどうしよう。。。??」っていう不安を抱きしめたまま、弱いちっぽけな私でいることを抱きしめたまま、自分の人生を信頼しよう。
その上で、内側から湧き上がる自分の決断で、私が動くことを許そう。
難しい時もあるけど、それはそれでいいや。
きっとこれが、私の生命力のとびらにつながっている、小さな一歩だ。
どんなに良いと言われる療法でも、その力を引き出すのは結局自分の意識だなぁ…
だから、他の人のやっていることがすばらしく見えても、むやみに真似する必要がないね。
それはその人の辿ってきた人生だからこそ、発動してる真実。
真実は人の数だけ無数にある。
私は、私の感じる怖さと信頼をだいじにすればいい。
そうやって自分を慈しんでいこう。
この暗いトンネルを経て3月、ようやく自分自身の決断に信頼が生まれた。
そうして、抗がん剤を受けることを決めたのでした。
、、、決めるまで長えよ!! 笑
しかし、主治医の提案する治療にすぐ「ハイ」と言わず、ことごとく「今決められません」と延期する私に業を煮やさず、腫瘍の進行の早さに焦る若い先生たちの声を知りつつも、辛抱強く私に付き合って、患者が納得して決定を下すのをじっくり待ってくれる、主治医の先生もすごいと思う。
外来診察予約も質問をしまくって毎回1時間越えになる私なので、後ろに人のいない最終枠で、時間を取ってしっかり答えてくれる。
その後も業務がびっしり詰まっているのになあ。
代替療法をやっていることを伝えても嫌な顔しないし、医師といえども自分にわからない領域のことは否定や決めつけなく「僕にはわからないから」と正直に伝えてくれる。
日大のI先生にはいつも感謝しています。
よし、ガンにならないと絶対にチケットをもらえないこの経験を、ガッツリ味わってこよう。
コロリーナなご時世にわざわざ抗がん剤打って白血球と免疫をドカンと下げるなんちゅう、ドSかつドMな人体実験がやれる機会は、人生この先もう無いだろう。
そりゃあ怖いけど 笑
変な話、受けないで治っちゃったら、
「まだ抗がん剤やってない!」って、ドSかつドMな私は再発させかねん、って妙な確信めいたものも感じたし、きっとこれで気が済むんだろう。
もし、ヤバイ、って感じたら途中で降りよう。
もしそうなら、薬を必要としていないことが実感でようやく自然にわかるだろう。
* * *
さ~て~、今回も長くなったなあ。笑
吹っ切れて以降、前にも増して、素直に喜びをたくさん感じるようになってきている。
とにかく毎日幸せだ。
喜怒哀楽も、無数の色とりどりの生きてる瞬間の味わいだ。
なんだ、生きるってのは幸せなことだったんだ。
そんなこんなで、2クール投与しました。
比較的おだやかに経過中。
どんなふうに1クールが経過して、どうしたらリカバリーがスムーズにいくか、わかってきた。
日々、体力もキープしながら、毎日おいしくごはんをつくって食べて、
案外、あっけらかんと元気にやれています。
あと、薬剤投与中に、timewaverに自動で遠隔モニタリングされているリアルタイムの臓器エネルギー変化が、あとで答え合わせをしてみると、肉体の症状とリンクしていて、これがまたおもしろい。
そして、自動で毎日送られてくる、遠隔エネルギー調整もめちゃくちゃ功を奏していると思う。
毎回濃密なセッションでサポートしてくれる師匠には、ほんとにほんとに感謝してもしきれません。
いつも本当にありがとうございます。
いつも寄り添っていてくれる家族と、友人たちにも守られている。
ほんとうに心からありがとうね。
とにかく引き続き、ひたすら今に向き合っていくよ。
家出っ子、勝手に戻る、、、??
散らかった写真で申し訳ない、
よく使うキッチングッズを入れてる引き出しの一番手前が、この黄色い子(ゆで卵プルっとむける)の定位置だったんだけど、
この黄色い子が1か月行方不明だった。
引き出しの中はくまなく3回くらい全部出して探したし、
旦那もこの引き出し何度も探して無かったし、
さらに2人で家中ほかのところも探したし。
それが今朝引き出し開けたら、
この不在の1か月が何もなかったように「ちょこーん❤️❤️」と定位置にいたので、旦那に、
「おおお!ありがとう😃😃✨✨黄色いの見つけて戻してくれたんだ⁉️」
ってお礼言ったら、
旦那「は?全然知らない、あっ!あったんじゃん!!どこにあったの?!どこから出てきたの?!」
…って、
えええ〜〜〜!?!? 😱 😱 😱
いったい、
ダ レ ガ モ ド シ タ ? ?
😧 😧 😧
赦しと、幸せと、そして、喜び。
今朝、起きた時にすごーく身体を伸ばしたくなって。
こういう感覚、術後初めてだったんだ。
冬の間はなんとなくお腹の傷をかばってる感じだったから、ようやく身体も芽を出したい気分になったのかなあ。
久々に、ゆーっくり、じんわり、、、じっくりと身体を伸ばした。
おそるおそる、のばしたおなかも気持ちよくのびた。
動かしたいように動かし、のばしたいようにのばし、留まりたいように留まる。
そうしたら、
「ずっとこんな風にしてほしかったの、
ずっとこういう風に、自由に私といてほしかったんだよ。
私を枠にはめないで。
枠なんかいらない。」
っていう感覚が、奥から奥からとめどなく湧いてきて、身体伸ばしながら泣けてきちゃった。
赦しと、幸せと、そして、喜び。
静かに、おいおい泣いた。
なんのメソッドも、技法も、ルールもいらない。
すべてただただ自由に、湧くままに。
自由に流れ湧くものが、私たち、私たち自身。
今までほんっっっとうに、自分をいろんな枠に当てはめてたんだなあって。
自分ルール、社会のルール、
親から引き継いだ思い込み、
世間から引き継いだ思い込み、
仕事は頑張んなきゃとか、
手に職をつけましょうとか、
迷惑をかけないようにしようとか、
良い娘であろうとしたこと、
良い嫁であろうとしたこと、
期待に応えようとすること、
笑顔でいようとか、
子供がいたらいいなとか、
免疫を上げるには〇〇を食べようとか、
ヨガのアサナや、〇〇療法や、〇〇セラピーとか、
いろんなメソッドに従ったり、実践することすら、
ある意味枠になってしまってたかもしれない。
必要だと思っていたものは、必要としてなかった。
なんだかふっくらふっくら、ふくらんだ気がする。
そんな朝。
新しいおうちは、リビングから桜の木が見える。
今週、つぼみがついにほころび始めて、桜が咲き始めた!!
春だなあ〜〜〜。
周波数ボディからコロナを思う
ドイツのtimewaver社が新型コロナウィルスの周波数的データベースと対策プロトコルを追加させて配信とのこと。
さすが、データベース完成が早い‼️
世界中のtimewaverマシンがさっそくアップデートされて、活用できることでしょう❤️
ちなみに同じく周波数調整のNESにおけるウィルスの考え方。
(私の解釈も含みます、あしからず❤️)
ウィルスも人間と同じく周波数ボディを持っています。
ウィルスの波長層は、不安や恐怖などと同じ重い波長層です。
「恐怖や不安にさいなまれる=恐怖や不安に共鳴する」
と、身体に症状として出る肉体レベルの感染はまだ起きてないけれど、自分の周波数ボディ上でまず先に、情報データ感染がおきます。
↑ここは肉体の設計図。
ここの設計図に共鳴が起きるとまず、周波数ボディ上の免疫設計図の書き換えが始まります。
コンピューターウィルスの感染とおんなじイメージだねえ。
まだ周波数ボディ共鳴が起きてるレベルは、肉体感染の前段階です。
この、身体に降りてくる前の共鳴段階のうちに、
共鳴しちゃった元になる不安のリリースとか、
自分の喜びに意識を向けるとか、
免疫アップになる行動とかで、
物理肉体次元に物理化=肉体に感染が降りてくるのを防げます。
でも、恐怖と不安に自分が落ち入り続けてたり、免疫が追いついてなくって設計図の書き換えが止められなくて完了しちゃうと、肉体にダウンロードされるので身体に症状が出てくるのだと思う。
ちなみにNESには、コロナウィルスとの共鳴を示す層はもともとチェック項目に入っています。
ついでにコロナウィルス共鳴解除のレメディもあります。
あくまで肉体ではなく、前段階の周波数状態を全体をホリスティックに見るから、スキャンした時にそこが表示されたから感染とは限らず、全体のバランスの中で、
「コロナに気持ちが反応し過ぎて自分の免疫落としかかってないかな?
最近自分の喜びとゆったりリラックス、深呼吸に目を向けてた?」
というふうに見ていくといいのだと思う。
究極は、ウィルスを敵とみなさず、単にそういう波長のデータなだけ、と捉えると、
自分の心持ち、意識の在り方で、ある程度ウィルスを無力化できるんじゃないかな〜と、なんとなく思ってる。
何しろ、感染は「感じて染まる」のです。
その波長に感応せず染まらず、楽しく笑っていたら、ウィルスとの波長層(位置は低いです)がある場と違うところに自分が在れるので共鳴は起きないと思うし、
免疫が上がるって、周波数が上がってる状態だと思う。
ちゃんとうがい手洗い等は、もちろんして、
過剰にニュースに浸かりすぎず、
世間の不安感情に染まりすぎず、
軸を保って過ごしている方が良いのだろうなあ、と思います❤️
引っ越しをtimewaverがサポートしてくれた話
退院直後の1月末に引っ越しをし、何かとバタバタしていたけど少しずつ生活も落ち着いてきました。
今、エネルギー面の調整でTimewaverセッションも受けているんだけど、今回の病気テーマで12月初めに受けた直後に、まず超スピードで変化が起きたのが引っ越しのこと。
シンクロあり過ぎて度肝を抜かれたので備忘録で書いてみました。
※ちなみに、timewaverについて、伝わらないのを承知で超はしょって説明すると、12次元分の見えない周波数階層を解析して調整するマシンです(NESは6次元分ね)。
私達には本来時間軸はなく、フィールドには現在過去未来が全て今に存在していて、常に「今」の周波数で自分の存在する座標、体験が決まってきます。
そこを調整して「今」の周波数が変わると、存在の座標が変わる。
つまり、今までの周波数帯に自分が存在してる限り絶対繋がることのなかった扉と扉が、一瞬でギュン!と繋がっちゃう。
だから、timewaverがタイムマシンだ、とも言われるゆえん。
ちなみに、エゴからの動機で調整かけても何も発動しません。その人の魂の目的に関わること、さらにそれが地球の調和につながることであれば変化していきます😁
Timewaverについて詳しく知りたい人は、
Timewaverをドイツから日本に持ってきた寺岡里紗さんのサロン
里紗さん著書
の説明がわかりやすいので見てね😄
* * *
さて、前置きがかなり長くなりました。
入院中、11月に病気告知の話を聞きながら、
まずパッと浮かんだのが
「仕事辞めよう!」
「引っ越ししよう!」
でした。
もともと引っ越しはしたかったので、最初にやろうと決めた。
まず、場所や相場は気にせず、
「こんな物件無理だろ〜」とか考えは一切脇に置いて、自分の理想の暮らしを思い描いてみた。
・日当たりが良い
・風通しも良い
・緑や公園の近く
・静か
・場所はふたりに最良のアクセス
・2人分アトリエ欲しいから3LDK
・なのに家賃は今までとほぼ似た価格w
(ちなみに前の家は1LDKです)
....etc
…などなど、入院中時間はたっぷりあったので、住みたい部屋と暮らしの妄想をどんどん膨らませていました。
さて、12月初め、1度退院して早速timewaverの予約日。
この日、セッションに出かける数時間前、父親が木から3m転落して、全身骨折してしまいました😱😱😱
私の父は、とにかく花火野郎です。
地元長岡花火が超絶大好きな人です。
たまたま、この日うちのテーブルの上に長岡市のパンフレットが置いてあり、その表紙が「名物 フェニックス花火」の写真だったの。
だから、とっさに花火写真切り抜いて、
ついでに不死鳥のシルエットをコピー用紙の切り絵でチョキチョキ作って花火にドーン!と貼り付けて、ダブルフェニックスの絵にして、
「不死鳥フェニックスのごとく、お互い健康に復活しようね!」
と、励まし手紙を作りました。
そしてTimewaverセッションへ向かう時間になり、一旦お出かけ。
セッションでは、
私のガンの理由のひとつに「父系ファミリーカルマ」のエネルギーが濃く関わっていることが判明。
ひえ〜〜〜〜〜❗️❗️❗️
さっき父親が転落して、まさに今、緊急手術を受けているんですけど〜〜😨😨
わざわざセッション日に落ちるって何かエネルギー的な関係ある⁈
ガンに関係する鬱滞エネルギーで特定したひとつは「父の母の父=ひいじいちゃん」。
↑私が生まれる1年前に亡くなっているので会ったことはない。
これら父方先祖エネルギー調整を、マシンから1カ月間、私へ自動送信で飛ばすことに。
そして更なる解析の結果、「引っ越しをしろ」と指示が出る。
おお!やはり!!!!
もちろん引っ越ししますとも!!
そのつもりでしたとも!!!
(そのほかにもいろいろ解析結果あります。ガンが出来た日が2001/2/18と出たとか、病気の本丸の理由とか。このことはまたの機会に書くかも)
そして、セッション帰り道の電車にて、
いろいろスマホで見ていて、ある地名が目に留まる。
「◎△かあ、、、あの辺ほとんど行ったことないけど、いいかもなあ。ありかもなあ」
って思いながら電車に乗ってたら、
旦那さんから電話かかってきた。
旦那「ねえねえ!今、友達とごはん食べてたんだけど、日当たりのいい引っ越し先探してるって話したら『僕の住んでるマンション静かで日当たりいいですよ〜、この辺に越して来ちゃいなよ』って誘われた〜!」
ゆ「おお、そうなんだ!ちなみにどの辺?」
旦「◎△❗️」
↑
さっき目に留まった地名…❗️❗️
ゆ「えっ⁉️◎△だって⁉️」
旦「物件名も縁起がいいんだよ❗️」
ゆ「なんて名前?」
旦「フェニックス❗️」
ゆ「ななななにいいいいいい〜〜❗️❗️❗️❗️」
◎△エリアってさっき目に留まって、いいなと思ってたところ❗️
2人で同時間に◎△エリアの情報キャッチしてたってことだ❗️❗️
てゆーか、今日さっき父親にフェニックスの手紙作ってた❗️❗️❗️❗️
このシンクロはいったいぜんたい何なんだ?!❣️?!❣️
で、2人で超盛り上がり、
もうその物件に住む気まんまんで
早速翌日不動産屋に聞いたけど、残念ながら、空室なく。
人気のマンションで、そもそも滅多に退去者が出ないそう。
とにかく、空いたら連絡ください、とリクエストしておいた。
、、、、
5日後、
📞「空き部屋出ました〜」
キターーーーーーーーっっっっっ❗️❗️❗️❗️❗️
デターーーーーーっっっっっっ❗️❗️❗️❗️❗️
紹介されたのはこんな部屋。
・窓の外は緑&桜
・公園近い
・日当たり最高
・風通しも良い
・3LDK
・駅からのアクセス良し
うおおお❗️❗️条件もイメージにバッチリすぎる〜❗️❗️❗️❗️
ただし、定期借家だから期限が来たら出ないといけない。
そのかわりに、なんと家賃を半額にしてくれると❗️❗️
元々のこの部屋の家賃は、とてもじゃないけど払える額じゃない。
おおおおお❗️❗️
なんと魅力的なオファー❗️❗️❗️
てことは、支払う家賃は今までの部屋ちょいプラスくらいの額で、広さが前の家の3倍になるぞ?!?!
(ちなみに事故物件ではないですw)
一瞬、期限付きってどうかな?と思ったけど、
たぶん治療期間を過ごすために天が用意してくれた部屋だという気がして、これは何かのサインだ、と思えた。
何しろフェニックスだしね❣️
長岡市民にとって、フェニックスは特別な意味を持つ復活の象徴。
、、、ということで、私は再入院中だったので物件見てないけれど、即決で引っ越し申込しました❣️
そして手術、退院を経て、引っ越し前日。
最後の荷造り中になんと❗️❗️
管理会社とオーナーの伝達ミスがあり、さらに1万円以上家賃が下がることに 笑笑
結果、ほぼ以前と同じ家賃で住めることになりました😃😃😃❗️❗️
理想イメージ全部叶った❗️👍✨❗️👍✨
こんなウルトラCな引っ越しは、10回近く引っ越ししてるけど、さすがに初めてです❗️
この物件、絶対timewaver が用意したと思う🤣🤣🤣
、、、というミラクル引っ越しなお話しでした!
長すぎる文章を最後までお読みいただきありがとうございました✨✨✨
エネルギッシュなお野菜。
無農薬・無肥料の自然栽培のお野菜は、食事療法を意識するようになって初めて食べ始めました。
明るくて軽さのあるエネルギーの持ち主な旦那は、朝起きて、自然栽培にんじんを絞ったジュースをひとくち飲んだ瞬間、飲みきる前にトイレに直行、晴れやかな1日をスタートさせています✨✨✨
(私はそこまで周波数軽くないし(笑)、エネルギーも身体もまだ酸化しているので、トイレに行くのは15分後とか、さすがにもう少しタイムラグありますわ 笑)
とにかく美味しい。
このひとこと。
ザ・地球の恵み。
味も香りも身体全部で味わっている感じ。
ほんとうに滋味深く、どっしりとした力があります。
前に住んでいたところは近所にオーガニックスーパーもあったし、大地宅配を利用したりで、いわゆる無農薬有機肥料の野菜はちょいちょい取り入れた生活はしていたけれど、無肥料の自然栽培野菜は何かが違う。
この日のサラダは、
八ヶ岳の麓「自給農園めぐみの」 湯本 高士 さんのにんじん、
島根で、循環する環境農業を広めている 野津 健司 さんの菊芋、
島根のヒーラーさん「みわ自然農園」岡田 扇和 さんのセリ。
先日はこのお野菜たちで作った野菜スープを、これまたエネルギー感覚が超絶敏感なセラピストの友達と、お昼ごはんに一緒に食べました。
友人、野菜スープをひとくち口に含み、
「え、は?!ナニコレ??!なにこのスープ?!
すごいエネルギー通るんだけど??!!!
てか、朝からあった頭痛が、スープ飲んだ瞬間に消えたんだけど〜〜〜???!!!」
おおお〜〜〜〜!!!!!
すごい〜〜〜〜!!!!!
(ちなみに私はそこまで体感わかりませんので、ひたすらおいし〜〜く味わっています笑)
無農薬、無肥料で、雑草とともに循環して育てられた作物には、おいしいはもちろん、明らかに天地の気、強い生命力が濃く宿っているみたい✨✨✨
真摯に土と自然に向き合って、いのちあるたべものを届けてくれる農家さんたちに感謝して、今日もおいしくいただきます❤️❤️❤️
酵素玄米作ってみた
初めての酵素玄米、初心者チャレンジ❣️
無農薬米とかじゃないけど、とりあえず手持ちのありもの材料でやってみる。
実は玄米苦手っ子でして、
玄米の炊ける香りがどーーーうしてもダメで(つわりか!笑)、今まであんまり自分から進んで玄米は食べてなかったのだ。
とにかく、炊きたての白米に塩鮭、明太子、塩辛と味噌汁があればなにもいらない人なので、、、✨
あ、でもそういや15年くらい前に、旦那の急性アトピー治療で完全玄米菜食にしてた時は、1年間玄米だったんだよなあ。
がんばって食べてたのかなあ?
きっと食べてたんだろうなあ。
もう忘れちゃったなあ💦
周りのお友達は、酵素玄米を食べている人が多かったので、いろいろコツを教えてもらった。
ありがたいありがたい🙏🙏🙏
酵素玄米だと香りも違うらしいのだ。
出来上がりは4日後だそう。
それまでずーっと炊飯器で保温し続けます。
さて、4日後。
とても美味しくできました❣️
なんとももっちりとふくよかな味わい。
たくさんのお友達からのお知恵を拝借、どうもありがとうでした❤️🌸❤️🌸
それと、検索でのあちこちのレシピもとても参考になりました✨✨
4日間の発酵を待てなくて、結局2日目くらいからちょびちょび食べちゃってたけど!
どんどん小豆色になってもっちりしていくのがおもしろい!
懸念の匂いもこれならだいじょぶでバッチリでした。
ところで、10年前に買ったうちの炊飯器、GABAを活性させる玄米活性モードついてたことを発見〜😆😆
10年間、そんな機能あること全く知らなかったわ〜www もったいない!
今後はガシガシ生かしますわ😃