LIFE LOG

日々のくらし、NES、 ....いろいろなことをつづります

8/4(金)新潟でNESセッションイベントやります(^^)

 

 

ORGANIC LIFE TOKYOでNESを体験してくれた高校時代のお友達が、8/4に地元・長岡でセッションイベントを開催してくれることになりました。

 

NESが指し示すモノに直感で共鳴してくれて、彼女のパワフルさと行動力にあれよあれよ、と。


ほんとうにどうもありがとう!!

 

そして会場を貸してくださったのは、これまた地元のご縁がつながって、私の保育園の年少〜年長のころ保育士さんだった方。

 

今はもう退職されて、マクロビやホメオパシーなど、レッスンに使ってもらうスペースを作ったんだそう。

 

30年以上前の私のこと覚えていてくださって、これまた涙。。。

 


年をとるって楽しいです。

 

 

今日告知オープンなのだけど、残りあと2枠です。

重ね重ねみなさん
どうもどうもありがとうございます!!

 

イベント詳細はこちらから

  ↓  ↓

www.facebook.com

 

ところで、

NESのこと、最近はあまりブログで書いていなかったのだけど、

NESって何ぞや??ですよね。

 

人間って、実は目に見えている部分2:見えない部分8(いや、もっとか??)なんですね。

 

その8割の見えない部分が、実は自分のコントロールタワー、=フィールドとして存在しているものです。

 


そのエネルギーフィールドの情報をスキャンしてみていくのがNESです。

 

誰もが、その8割のフィールドから来る司令、エネルギーの流れのとおりに生きています。

 

そして、誰もが本来のすこやかなエネルギーの流れを持っていますし、何か毒素的なものを取り込んだとしても、しなやかに代謝し、みずみずしく力強く生きていけるありのままの生命力を持っています。

 

 

ただ、生きていく中では、いろんなことが原因でエネルギーの流れが滞ったりします。

 

例えば、生活習慣、電磁波、化学物質との共鳴、栄養的なこと、etc

 

 

そして、現代人で一番多いのが感情ストレスです。

 

知らず知らずのうちに、自分自身を抑圧し、
ほんとうの感情に蓋をし、否定することで、慢性的なエネルギーの歪み、凝縮となっていることが多いです。

 

 

その行き場を失ったエネルギーは、最終的には行き場を求めて身体に症状として出てきたりも。

 

 

じゃあ、いきなり自分の抑圧した感情や根っこの何かに向き合ったらいいのか? というと、
人それぞれ適した順番があります。

 

 

いきなり根っこに飛び込んで行くより、そことつながってる別のところを先に整えた方が、すっ、、、っと楽〜に勝手に奥のブロックがほどけたりします。

 

 

なので、
奥の根っこ、そこを頂上として、スムーズに無理なく開放していけるよう、まず一合目からエネルギールートの土台を整えていくんですね。


これが、実は急がば回れの最短ルート。

 

 

アーシングだったり、経絡の流れ、各臓器のバランスをとるエネルギー場、浅い部分の感情、、、、いろいろあります。

 

玉ねぎの皮を一枚一枚むくように、少しずつ深い層にアプローチをしていきます。

 

 


スキャンでは、今この時何が必要か?が出てきます。

 

(これも、NESがアドバイスしているのではなくて、本人の情報層に書いてあることを画面に写してるだけ。= 本当は自分が全て知っている、いや、自分というより、場の中に全てあるんです。もはや自分という境目のない場。。。このことはまた別の機会に。。。)

 


そして、だんだん本来の自分のエネルギーが通り始めてきた時、
自分のものごとの解釈パターンに気づいたり、今まで縛っていた価値観に気づいたり、自分自身でゆるみ始め、気づきが加速していきます。

 

そうすると、今までと視点が変わっています。

同じものを見ても、自分の中に生まれる反応がもう違っているので、行動が自然と変わっていたり、性格がなんだか変わっていたり。

 今までなじんでいたことが、本当は違ったんだ、と気づいたり。

身体がラクになっていたり。

大事だと思っていたことをもう手放したくなったり。

 

生命力が本来流れたがっていた鋳型に沿って、いきいきと動き始めていきます。

 


NESはそのお手伝い役です。

 


NESに自分を変えてもらうのではなく、本当は知っていた「本来の流れ方」を自分で思い出していけるためのサポートツールです。

 

病気であろうとなかろうと、自己治癒のしくみは一緒。


どんな人でも、自分の心とからだを本来の流れに委ねて、すこやかに生きていける。

 


そのお手伝いができたらとってもうれしいです。

 


今回イベントでは、
今のご自身のテーマから、自分のエネルギー場が言っている、今必要な気づきをお持ち帰りいただけたらなーと思います!

 

 

 

長くなっちゃった。。。笑


お読みいただきどうもありがとう!

 

 

波上シャバアーサナ

 

 

このところ、電磁波が溜まりまくって、

体調がアンバランスで、いろんなメンテナンス取り組んでも追いつかなくって、

 

ふと、思いついたこと。

 


「そうだ、海に行こう!✨🌈」

 

 

というわけで昨日、思い立って泳いできた〜。

 

 

今年初海(^o^)

 

 

 f:id:yukolifelog:20170718162811j:image

 

スマホも1日電源切って、デジタルデトックス

 

 

仰向けに波に流されながら、昆布みたいにぷわ〜んぷわわ〜〜んって浮かんでみる。

 


どこか力が入っていると、波に委ねられなくて、バシャーッと水をかぶります。

 

 

固まっているところを察知して、力を抜いて、水にまかせる、、、、

 


顎かな、、、、首かな、、、、

 


あ、腰もだな、、、、、

 


気づいたら、力を抜き、気持ちもゆるめる。

 

 


、、、水にまかせる。

 

 

 

足のつかないところまで流されてたりすると、

 

少し恐怖心も出る。

 


その自分に気づく。

 

 

怖いね〜。

 


そしてまた、固まっているところを察知して、力を抜いて、水にまかせる、、、、

 


のくりかえし、で、少しずつ波に委ねるのになれていく。

 

 


身体の自然にまかせていく。

 

 


どんどんどんどん、

昆布のようにたゆたっていく。

 

 

 


波上シャバアーサナ

 

 

 

ゆら〜〜、、ん、、、ゆら〜、、、、ん、、、、、

 

 

 


ほんとうにスッキリ。

 

 

海は偉大なり。

 

 

 

 

いや〜〜夏だね〜〜。

 


また行こうっと!

 

 

f:id:yukolifelog:20170718162848j:image

夢→お絵描き

 

 

印象的な夢を見た。

 

内容はどうってことのない、日常のひとコマ的なものだったのだけど、

 

ふと、何か言いたがってるな、と感じて、

 

ちょっと掘ってみた。

 

 

 

<おじさんに立ち向かう夢>

 

失礼なひとだ、と敵レッテルを貼り、立ち向かっていった。

 

「傲慢、横暴、好き勝手言ってる」←私自身の切り離した投影。自分の一部:いらだち

    ↓

「私がこういう人をこらしめる」:怒り

「罰を与えないと」:怒り

「許せない」:怒り

    ↓

「好き勝手言えること」:恨み、羨望

    ↓

「好き勝手は言ってはいけない」:縛った(思い込み、抑え込み)

生きのびるために作った設定

    ↓

奥:実は怒り

    ↓ 

だってそうしないと無力(思い込み、抑え込み)

    ↓ 

 

ここまで来て、久々にぶおーっとお絵描きモードがやって来た。

 

 

その味、はようしないと消えてしまう!!

 

ということで、わたわた急いで画材広げて、

 

内側の味のままに描いてみる。

 

 

 

 f:id:yukolifelog:20170705184421j:image

 

 

 私の場合、絵を使って内側を味わうことで、 

 

凝り固まっていたものが、ふっ、って抜けることもあります。

 

その時々だけどね。

 

 

 

お絵描きサイトはこちらです。

 

 

沖縄の気功ボディワーク

 

 

最近、お友達の紹介から、気功ボディーワークに参加しています。

 

先生が沖縄から月イチで東京にきてくれているんだけど、なんとも場がカラッと明るくてみんなおもしろいのと、かなり激しい(笑)ダイナミックなアプローチがなんだか好奇心をくすぐるのだ〜。

 

teateが「静」から気づいていくとしたら、

こっちは「動」から気づいていくみたいな。

 

でもやってることは同じ、みたいな。

 

 

ワークでは、思考を脇に置いて、素直な身体に明け渡して委ねるのを体感する時間が続きます。

 


その体験をしながら、

出てくる出てくる、おもしろいくらい自我が思考を掴んでくる。


「わたし、絶対飛ばない自信がある 汗」
「その感覚を掴んでやろう」
「不安不安不安」
「うお、あの人なんなんだ、すげっ」
「恥ずかしい!」
「自分を脇に置くって?????」
「ちょっと飛んだふりをしちゃおうかな」
「あれ?今できてるのかも?」
「あの人もわたしと同じかも、ほっ、良かった」
「え、わたしだけ何も訳がわかってないの?もしかして!」
「やばー、焦る焦る」
「ああ、やっぱりわかんない」
「ええ〜?!どういうこと?!」

 

以下、続く。笑


思考が、ジャッジする自我の自分のひっぱりが強すぎて、脇に置くのがなかなか難しい。

 

ふと出てきたのは、


「自分を脇に置く」ことの自我の恐怖。

そこに何かが入り込んでくる恐怖。

そもそも「入り込まれる」という色合いでなぜか感じること。


自分がいなくなる恐怖。

  

 

そして、奥が固まる。

胃のあたりの締め付け感。

 

すごいな、この鎧。

 

なんかコアビリーフいそうだな。

 

 

、、、。

 

 


一瞬だけ、どうにでもなれ、、という感じの、ふ、、、という時だけ、ビョオ!と身体ごと吹っ飛ばされ、、、たような?

 

 

全然、謎なんだけど、みんなで爆笑しながらダイナミックで気持ちいいのは確かなので、また来月行ってみます。笑

 

 

 

屋上ヨガ

 

PC仕事を一気に片付ける日は、


レッドホットチリペッパーズの

 

『BLOOD SUGAR SEX MAGIK』をお供に


がーーーーっと進めることが多い。

 

 

 

www.youtube.com

 

 

Give it away, give it away, give it away now

 

Give it away, give it away, give it away now

 

Give it away, give it away, give it away now

 

 

に乗っかって、


んばばばばば〜〜〜とキーボード叩いてるとはかどるはかどる〜。

 


あ。

 

give it away nowって、今すぐ手放せ、言うてますね。

 

溜まった仕事を進めるのにちょうどいいですね。笑

 

 

 

今日、ふと、水曜日のカンパネラ

 

ジパング』に合わせて仕事してたら、


これまたはかどる!

 

ペースペーカー感が半端ない〜。

 

ややうわずったポジションで、

 

仕事サーフィン状態がキープできる〜。

 

 

www.youtube.com

 

 


でも、気が上がりっぱなしになって、降りてこない!!

 

全然グラウディングができなくなる!! 笑

 

 

 

目も肩も凝ったので休憩がてら、

 

屋上に洗濯物干しついでに、

 

青空ヨガ。

 

 

 

思いっきり開放感で、びっくりするほど身体も伸びて気持ちよかった。

 

なんで今まで屋上でヨガ思いつかなかったんだろう〜?!

 

 

 

こんなに気持ちよかったなんて〜。

 

ちょうどカンパネラ色に染まって気が浮き気味だったので、

 

地面でヨガをするより、屋上くらいの方が

 

つなぎにちょうどよかったのかも。笑

 

 


ついでに、

 

そういえば今、またNESのスキャンで

 

「DAY」と 「ビタミンD」が出ている私は、

 

のびのび光合成をするように、日中の太陽の光を浴びるのが

 

エネルギー充電的にもとても理にかなってるのでありました。

 

 


さて、続きがんばるぞー。

 

 

ゆるむ。。。。極楽なり


たくさんの人と話をした一日の〆に、

 

大好きな友人からteateセラピーで身体にさわってもらう。

 

お互い交換セッションでありがたし。

 

 

 

teate、ほんと好きー。

 

触れられて、すんわ〜、、、、、、って身体がゆるんでいって、

 

そのゆるみの波紋が広がる時の、極上の静かな通り抜けを味わう。

 

自分自身、あったかくてシルキーなソフトクリームになっちゃってるみたいだ。

 

無理のない自然を思い出させてもらう。

 

身体もそうだし、心も。

 

ああ、そういう凝縮を今してるのね、ってことに静かに気づく。

 

凝縮が別に悪いとかじゃない。

 

けど、あったかいソフトクリームの方が呼吸も楽だし、いろいろらくちんだし、

 

ただただ、いたい方を選ぶ。

 

 


最近の私自身の内側や、環境の変化を、

 

彼女はタッチをしながらすぐ察知してた。

 

身体やさまざまな階層の雰囲気にも変化となってにじんでいるらしい。

 

おもしろいなー。

 

 

 


そんな施術後のフィードバック話や、近況バナシをしながら、

 

body, mind, spiritっていう言い方は、実は誤解を招くよね、という話題になる。

 

 

 

bodyというものがあって、

 

mindというものがあって、

 

spiritというものがあって、

 

それらは三位一体でつながりあって、、、、みたいな表現、

 

 


その方がなんとなく説明はしやすいし、

 

筋が通っているようにも思えるし、

 

ついそんな言い方をしてしまいやすいけど。

 

 

逆の表現、つまり、

 

おっきな一つのものの、ある震え方の表れが

 

いわゆる物質的な見え方(の領域)になってるだけだし、

 

ある震え方の状態だと感情という表れになるだけだし、

 

その絶え間ない動き、

 

なんかそっちの方がしっくりくるね、って。

 

 


便宜上、視点の方向と立ち位置の座標をどこかに決めて、

 

そこからものごとの話をするけれど、

 

(たとえば、原因と結果とか、)

 

そのルールにのっとって、というより、

 

今、何が起きてる?何が湧いてる? 何を感じてる?っていうエネルギーの流れに、

 

ごまかしなく気づいていくだけでいいね、と最近感じていて、

 

なんとなくそれが今のテーマになっていて、

 

そこをすくうのを今楽しんでるところ。

 

彼女に「なんか身体も変わった」と言われたのは、

 

たぶん、そういうこと関係してるのだろな。

 

 


あるひとつの視点や意見やメソッドは、

 

ある側面のことをとってもよく表すけれど、

 

それは全てでも絶対的な真実でもないと思ってる。

 

ただ、そういうひとつの側面の的確な表現というだけで。

 

他の部分は描写してない。

 


そこに固着すると、

 

それを自分の真実として同一化して生きてしまうと、

 

たぶんいろいろめんどくさい。

 

人生もいろいろややこしくめんどくさくなりそう。

 


でもそれは別に悪いことでもないし、

 

誰もが実はそうしたいからそうしてるだけだし、

 

ま。。。でも選ぶならあったかいソフトクリームの方が好みだ。

 

というだけのハナシなんだけど。。。

 

 


だんだん何を書いているのやら。

 

そもそもあったかいソフトクリームって、なんだ。笑

 

食べる前にあっという間に溶けてまうわ。笑

 

でもそれも含めて、あったかいソフトクリームって言いたいの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吉田 志穂展 @資生堂ギャラリー

 

 

実は写真にひとつひとつ向き合うの、

 

わりと戸惑うことも多いんです。

 

写真って、その写真家さんのまなざしというか、

 

気配のダイレクトさに、

 

どう向き合って入り込みたいか、自分の中がわかんなくなったりする。

 

あと変にこっちが固定されて、緊張して、何にも入んなくなったりする。

 

それで、「へー、そういう風に混乱するんだ、わたし」って、

 

思ったりもするんだけど。

 

 

この展覧会は楽しめた。

 


普通に見てると山の風景

 

映像が折れ曲がって投影されて、

 

または、そこに稜線のトレースを見つけるととたんに、

 

一気に見てた写真の空間世界が変わる。

 


変な妙な感覚。

 

別の時間と空間が一緒に来ちゃった、みたいな、

 

認識の変換。

 

 

f:id:yukolifelog:20170614011119j:image

 

 

 

 

「砂の下の鯨」というシリーズ、

 

(コンセプトより)

『何度も撮影したことのある、生まれ育った土地にある海岸の航空写真を見ていると、よく知っているはずの場所に見慣れない何かで囲われた土地を見つけた。
(中略)
勝手知ったる場所の知らなかった事件に興味を惹かれ、その場所に行ってみることにした。
鯨の埋められている場所にはとても綺麗な砂紋ができていた。
(中略)
生まれ育ち、知り尽くした見飽きたと言っていいほどの場所が、知らない間に起きたひとつの事実により全く知らない場所に変化していく。
砂の下の鯨はどんな姿でそこに在るのか、それを写真にしてみたいと思う。』

 

 

f:id:yukolifelog:20170614011047j:image

 

あるものがない、みたいな、

 

ないものがある、みたいな。

 

全部映像だし、幻想だし、認識の中だけにしかないし、

 

でもどうしてもそこにあるように思えるらしい、

 

それをプロジェクター投影してる感じがおもしろくて。

 

 


帰ってから作家さんのインタビュー読んで、

 

こういうこと考えてるんだー、とか。

 

世代の認識とかも含めて。

 

 

https://bijutsutecho.com/interview/4221/

 

 

f:id:yukolifelog:20170614011023j:image

こういうつらなりの感じ、おもしろい。

 

不思議なできごと

 

先日、ひどい嘔吐と頭痛の超絶体調不良に見舞われた時のこと。

 

 

 

いちばんしんどい時、ついとっさに

 

「神様仏様どなたさまでも、ヒーリングでも、とにかく誰か何か助けてほしい!!!」

 

って、ギュンってフィールドに向かって波長を投げてしまった。

 

 

 

そしたら5分?時間はよくわからないけど、

 

身体の中がぶあーって熱くなって、

 

100あった頭痛と吐き気が、突然ぴた、って0になり。

 

 

キツネにつままれたような感じで。

 

 

誰か?何か?がやってくれたの?

 

量子フィールドのマトリックス介して

 

何かが発動してくれたの?

 

一応「ありがとう〜〜〜〜〜」の波長は送って

 

そのまま眠ったのだけど、

 

?????。

 

 

なんだったんだろ〜。

 

でも本当にラクになり助かったのは確か。

 

 

なにしろ、一瞬にして1000になったんだもん。

 

 

 

あとは、セルフteateもやってたから、

 

それで内側からゆるんだのか???

 

 

 

自分の体調が悪くてセルフteateやる時は、

 

痛みを対象として「自分、と痛み」と

 

いうふうに存在を分けないで、

 

「自分=痛み」というふうに、

 

痛みを対象にしないで、

 

自分全体でもって痛みそのものになって、

 

つぶつぶや膜として拡がっていく感覚の中に入る。

 

 

 

それになってると、頭痛とか、いろいろゆるみやすいみたいだ。

 

細かいことはよくわかんないけど。

 

 

もしかして、それがうまくいったのかな。

 

 

 

とりあえず、

 

感謝したし、ながして握りしめないでおこうと思うけれど、不思議なできごと。

 

 

 

…こうやって書いてる時点で十分握りしめちゃってるなぁ

 

たはは

 

 

ダヤニータ・シン展 @写真美術館

 

一目見て、うわぁ、強い!という写真。

 

この作家さん自身の強さなのだろうか。

 

そのブレないまなざしに、

 

女性として、共感する気持ちと、

 

そこはかとないキリキリした哀しさが。

 

 

 

赤い、包んだ風呂敷のシリーズが特に心に留まった。

 

 

女性らしさが内包する強さ、と意思。

 

だんだん人に見えてくる。

 

体温すら感じる。

 

内側の強さ。

 

熟練さ。

 

反面、滲み出る頑固さ。

 

譲れなさ。

 

そして、

 

くいしばり、張りつめ続ける哀しさ。

 

 

 

東京都写真美術館

 

 

 

 

そのまんまに

 

純粋な欲求

 

その人、その生命そのまんまに、

 

なんの余分な意図もなく、

 

動いている人、コトに触れた時に、

 

自分の奥の生命感とグッと共鳴して、

 

何かが無性にこみ上げる。

 

 

この感覚!と思う。

 

 

カテゴライズではなく、体裁ではなく、

 

ただただそのまんまということ。

 

 

 

それはつまり、

 

私自身が、

 

ありのままに感じ、入力し、

 

ありのままに感じたままに出力したい、

 

という欲求の反映でもあり。

 

 

 

そして私は、つまり、考え過ぎているのだな、と気づく。