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LIFE LOG

日々のくらし、NES、 ....いろいろなことをつづります

全うする 草間彌生展 @新国立美術館

 

草間彌生展 @新国立美術館に行ってきました。

 

先日、ミュシャ展に行った日にこっちもハシゴしようと思ったけれど、
あまりの長蛇の列に断念、今日改めて足を運びました。

チケット売り場も混雑するので、前もってコンビニでチケット買ってGO!です。

 


10時オープン着で20分待ちくらいでした。
文庫本も一応持ってきてたので、待ち時間は苦にならず。


今まで、あちこちの草間展は行っているのですが、
すごいパワフルだね〜と感動する程度で、
別にそんなに思い入れはなかったんです。

今回も、もうすぐ終了だしとりあえず行っとくか、くらいの軽い気持ちで、
ちっちゃな手提げにスマホと財布だけ入れて、
サクッと見て帰るつもりで来たんです。



それが、、、、なんかもう、


入り口の絵と、言葉読んだらなにかこみあげてきてしまって、


「あ、このパターンまずい、、、、私今日、絵を見たら大変なことになる、、、、」


って思いながら、次の部屋に入ったら、、、、




、、、、目と鼻の蛇口全開(笑)

 

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勝手に号泣スイッチが入ってしまって、
こみ上げるモノをコントロールできなくなって、
ごったがえす会場の中、涙と鼻水が止まらず。

 


、、、パニクりました(笑)


こんな日に限って、ほぼ手ぶら(涙)

どうしてくれよう、この垂れ流しを(笑)



しかたない、コートで鼻をかみかみ、
必死に自我を保ちつつ、
でもあとからあとから泣けてきてどうにもならない。

 


草間彌生の作品、今まで山ほど見てるのにさ…

 


とにかく存在のエネルギーに圧倒されてしまい、
部屋丸ごと、テラヘルツ部屋に入ったような感じで、


ぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう
ぐるんぐるんぐるんぐるん


あとからあとから
いのちが、エネルギーが押し寄せてきて、
自分で止められない。


何かに押し流されるがまま、
ぼうぜんと部屋を何周も何周も周っていました。

 



絵がどうこういうより、
水玉がどうこうとかより、

なんかもう、

 


そのまんますぎて、


まっすぐすぎて、


苦しくって、


全うしていて、


神聖で、

 

体現とはこういうことなのだ、と。

 

 

 


それに触れたとたん、
もう、どうにもならない何かがこみあげてきてしまった。

 

 


、、、いや、しかし、めちゃくちゃ恥ずかしくて、
(だってジロジロ見られるし。。。)
自分でも一生懸命抗おうとするのだけど、


白旗、


奥のうねりには抗えませんでした(笑)

 

 

もう最後には、草間さん、生きててありがとう、とか思ったよねwww



こんな感じ久しぶりでした。




これと同じ状態になってしまったのは、
3年前にチェコプラハの大聖堂に足を踏み入れた時。

あの時も、精神の大洪水(笑)に見舞われてしまって、
どうしようもなく、教会の片隅でひとり大号泣。




なんですかね、忘れた頃に、
こうやって、アートの直球パンチに完全ノックダウンされることがあります。


そうやって、ごほうびのようなパワーチャージをもらうので、
あー行くのめんどくさいな、と思いつつ、
ついつい美術館に行ってしまうのかもしれません。

 

 

 

 

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N.S.ハルシャ展 @森美術館

 

ミュシャ展のあとは、N.S.ハルシャ展目指して森美術館に移動です。

 

本当は1日に1軒しか行きたくないけど、
行ける時に行っておいたほうが良いな、ということで、
久々に美術館のハシゴ。

 

パンフ見た時から、
行っときたいな、と思っていたのでありました。

 


ミュシャ展と打って変わって、
人も少なく、ゆったりと味わえそう。

 

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人物の描写がおもしろくって、
ついつい細かく見てしまいます。


子供の頃、ウォーリーを探す絵本に夢中になっていたことを思い出しました(笑)

 

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暖かみのある中に、
作家さんからにじむさまざまな葛藤のようなものや、
人間が普遍的に持つ業のようなモノ、
あと、インドという土地の持つ雰囲気、力などが感じられて、
さまざまに楽しめる。

 

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地面に絵画が敷き詰めてあって、
上がガラスになっている展示、

 

絵の中の人々と、自分と、周りのひととの全ての関係性と、

作品の中の一要素になっている感覚、とてもおもしろい。

 

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変な時空間で三半規管がおかしくなったのか、
実はちょっと酔って、気持ち悪くなったのだけど(笑)

 

 

 

そういや子供の頃の私の妄想で、

 

地球は実はそこらへんの犬の身体の細胞の原子核で、
宇宙はそんな感じでメビウスなんじゃないか、

 

という妄想を(今でも?)持っていましたが、

 

最後の巨大な絵、
「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」は、
そんなことをふと思い出させるものでした。

 

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ミュシャ展 @国立新美術館

 


旦那さんが、
ぜひ「スラブ叙事詩」は見ておかねば、
ということで、くっついて行きました。


10時過ぎに着いたけど、
もうすでにごった返す混みようにびっくり。
30分くらい待ったのかなあ。


「スラブ叙事詩」、
あ、こんなに大きいんだ!という驚きがまずありましたね。

 

透き通った空気感、
でもどこか、
抑圧されたような暗さ、苦いような圧の漂う絵でした。

 

いや、しかし、人がすごいね!

 

もっと、空いてる時間に見たかったなあ。

 

 

 

茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術 @東京国立近代美術館

 

teateセラピストのお友達・ひろえさんが、
千利休が愛した茶碗を見て、わびさびを味わい、宇宙をのぞきにいきましょう。」と、
「オトナ遠足」と銘打って企画してくれたので、ホイッ、と乗っかってみました。


「teateセラピストには特に見て欲しい」と、teateセラピーディレクターのまささんと共に、みんなでいろいろ感じてみよ〜う!な「オトナ遠足」。
4名で集合〜。


さて、
入り口の導入がめっちゃかっこいい!!

黒〜く、照明を絞った空間に浮かび上がる、
円(茶碗の拡大写真)と初代長次郎による力強い動物像。

その反対側には、
完全な不完全さを持ち、
なんとも圧倒的な茶碗、大黒。

思わず、拝みたくなる佇まいで。


樂家年代別の茶碗は、
どの代も、その当代の空気、
その当主の背負ったものも全て注がれていて、
ひとつひとつの茶碗に宿る力と魅力がぜーんぶ違って、

だけれども、
つながり続ける流れの中に、
その時代で一度いのちの完結をみて、
そしてまたつながる、
宿命、
ぶちこんだ重さ、
そんなモノも感じつつ、
気づいたら、年代ともに展示空間も白くなっていき、
広がりも感じる。


こんなに長時間じっくり茶碗を堪能したのは初めてかも、
と思うくらい、じっくりゆっくり楽しみました。

それぞれのペースで観て、
たまにスッとお互いの感想をシェアし合って、
相手の見かたをおもしろがり、
また1人の時間に戻り、という波もおもしろく。


普段はひとり、
もしくは旦那さんと二人で観に行くことが多く、
実は友達と展覧会を楽しむことはあまりない。


そんなのも新鮮でよかったな。

 

 

 

自分、だと思っているものをつくっているもの

 

食べたものが自分を作る、ということばがあるけれど、

 

もちろんそうだけど、

 

食べたものだけじゃない、

 

世界をどんな色(=波長)で解釈して、

 

とりいれて、現実としちゃってるのか、

 

 

経験、

 

経験をどんな解釈=エネルギーで握りしめるか。

 

密度を濃く、現実のものと思い込むか。

 

考えのパターン、解釈として

 

エネルギーとしての密度を留めて固めているのか。

 

反応のパターンも、

 

その反応パターンが出るための、

 

どんな解釈を今、ここで握りしめ固め続けているか、

 

どんなエネルギーがかたまりの密度を濃くしているか、

 

とにかく、ありとあらゆる、全部、

 

それが、情報として自分を、

 

環境だと思っているものを、織り上げて。

 

それでしか見えなくなり。

 

相手もそう見え。

 

それが事実とすり替わり。

 

 

 

何を認識して現実だと思っているのか。

 

自分が現実だと思っている、

 

それは本当に事実か?